・物語には必然性がある。なぜなら、そうでなければ物語が進まないから。
魔王が居なければ勇者は旅立たないし、事件がなければ恋は起伏を見せない。
魔王にも理由がなければ物語は評価をされない。
・勇者の名前が物語の鍵となっていて…なんて仕組みはよく見かける、これもまた必然。最初から"そう"するべく作っているから。
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・現実には偶然性が色濃い。
なにかが「そう」であるのは、たまたまそこにあったからだし、たまたまそれがタイミングよく噛み合っただけだ。
・世の多くの恋は劇的な障害を乗り越えて成立したわけでないし、クレヨンしんちゃんはそこにクレヨンがあったから名前がつけられたし、俺の名前はたまたま親が考えついたもので、人生のどこかで鮮やかな伏線回収!とはならないだろう
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・と考えていたのだが、物語にも偶然性はあり、現実にも必然性があることに気がついた。
なぜなら、物語を描く側は偶然性を書く必要がないからだ。なんにもない1日だったとする。僕たちの日常の多くを占めるものだ。それの描写はどこまで行っても平坦で面白みがない。
物語を世界と捉えた時、必ず偶然性は存在する。その上で書く必要が無いから描いていないのだ。
・現実は冗長な偶然性を許容する。物語にはその余白がないだけだ。
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・現実の本質も必然性にある。例えば、努力して資格を取った。これは必然だ。努力しなければ資格は取れないため、資格の裏側には必ず努力が存在し、両者は必然性という関係で結ばれる。
・考えてみれば当たり前の話だけれども、結果には必ず理由がつきまとう。運良く何かを手に入れたとしても、それは「そうなるため」の必然性を欠片でも手に入れていたから成り立つのであり、無から有を産むことは出来ない。
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・現実は確かに偶然性を伴う。全ての努力に均等な結果はもたらされないし、巡りが悪ければいくらでも失敗するだろう。でもそれは世界の仕組みだ。星の巡りに文句を言っても仕方ない。その中で足掻くだけだ。
・全てにおいて、必然性は先立つ。この気の持ちようだけで、世界の見え方が変わってくるような気がしている。