2026/02/03-悪癖の功罪

・家の掃除してたらダイナレスラー・パンクラトプスが出てきた。4枚。なんで?

 

・読書は一応継続してる。んだけど、感想文書くのコスト高くてやめちゃった。凝り性だからこだわりすぎてしまう。最近読んだのは「スマホ脳」と「疾風怒濤精神分析入門」。後者はなんだかんだ2年くらい途中で投げてたから、読めてよかった。

 

・自身の欠点について自責することは、贖罪にもならなければ、正当化にもならないため、するべきではない。悲観は生存には有利だが、生活においては不利だからだ。

・そして欠点は、時として正の側面も発現する。人の感情の機微を理解することが苦手な人は、ある時はその性質によって誰かの悪意に晒されずに済んだかもしれない。

またある時は、「わからないでいてくれる」ことで誰かの心に寄り添える人になっていたかもしれない。

けれどしかし、欠点が生み出す"結果"は受け入れる必要がある。

 

ポケモンはメンタルに良くないので触らないつもりでいたが、結局終盤にやりたくなってきて、28日にROM作った。tnエストレイマ。素晴らしき日々のヒロイン、橘希実香の愛刀。エストレイマ・ラティオ・タクティカルタントー。

これ欲しくて買おうとしたんだけどめちゃくちゃ高いんだよね。

・結局あんま勝てなくて終わっちゃった。コライルナでレート上げて、ミライザシで最終日挑んだ。明らかな練度や集中力不足で負けた。とはいえ、朝2時頃に4桁から7時に2桁まで入って、流れ来てたからやめずに最後まで突っ込んで良かったなって後悔してる。

 

・欠点の話に戻ろう。自分の悪癖に、妥協癖があると思う。もちろんこれは、ポケモンの話に限らない。

ある程度―思い上がった言い方をすると、人並み以上まではかなりこだわるんだけれども、「自分頑張ったよね」と言い訳できるくらいになってくると、じゃあここまででいいや。ってなっちゃう。人生単位でそうで、仕方ないね、が多い人間だと思う。だからこそ死なずに今も生きていられる気はするんだけど。

・妥協で手に入らないものができた時、選択肢はふたつだと思う。身に染み付いた癖はそう簡単に抜けることはない。「自分はそういう人間だから仕方ない」と受けいれ、手に入らなかったものに思いを馳せることをやめるか。

あるいは、「簡単でないこと」をして、妥協をやめてみるか。

・前者だって、悪いことではないと思う。諦めないことは世では輝かしい美談として語られるけど、スポットライトの影には蹲る「敗北者」達が群れを成している。

「夢を追うのは美しいことだけど、夢を諦めることもまた美しい。」ただし、自分から諦めた場合に限るが―

 

・妥協癖の正の側面として、僕は心を守られている。まあ仕方ないね、や、こんなものだろう、という認識がとても上手い自負がある。

なら、妥協で手に入らないものを手に入れるためには、その正の側面は一旦捨てなければならないということになる。人格の構成要素とはジグゾーパズルのピースのようなもので、選ぶ者の手によって加工できるものではないからだ。

 

・悪癖の"罪"を捨てる時、"功"にもまた別れを告げる必要がある。そして、それが正解かどうかを決めるのは本人しかいない。