・最近は昼休憩の時間を公園で過ごしている。昼の公園は、案外利用者が多くて驚かされた。
遊具で遊ぶ子供はもちろん、それを見守る母親がいる。昼食をとるサラリーマンや学生もちらほら。
本を読んだり、あるいは寝転がっていたりするご老人なども。利用者の目的は多岐に渡っている。
僕も例に漏れず、お昼を食べながら音楽を聴いていることが多い。今日はキリンジとピロウズ。公園に来ている人達はみんなそれぞれ「目的を持ち込んでいる」から、干渉されることがなくて、とても気楽だ。
・いま、「目的を持ち込んでいる」と言った。一般的に、人々は施設を利用する時、その施設自体に目的を求めている。例えば、病気を治したいから病院に行くし、運動をしたいからジムに行く、本が欲しいから本屋に行く。
だからこそ、「目的を持ち込む」とは公園という施設の持つ異質性であると言えるだろう。
・公園は公共の施設の中でも、すこし面白い特徴を持っている。それは、目的性が弱いことだ。
一般的に、多くの人為空間はなんらかの目的性を持って設計されている。道路なら移動のため、駅なら人の移動の切り替えのため、役所は地方行政の業務を行うためだ。
・しかし、一部の"特殊"な公園―即ち、入場料のかかる施設などを除いて、公園は施設の側から供される目的性が明確ではないのだ。だからこそ、公園を利用する人たちは各々で「公園でしたいこと」を自ら持ち込む必要がある。
公園は「利用者がどのような利用をするのか」について直接的に定義していない。
・世の中は娯楽施設に溢れているし、それこそなんの目的も持たなくても街に出ればなんとなく楽しめてしまう。
しかし目的を作らずに「なんとなく」過ごしてしまうと、なんだか焦燥感が襲ってくる。自分は今日なにもしていないのではないか。そして夜眠れない。報復性夜更かしというやつだ。誰しも一度は経験したことがあるのではないだろうか。
・しかし、公園に行くということは、自分で目的を作らなければならないということである。逆に言えば、公園に持ち込んだ目的を達成出来れば「今日は○○をしたなあ」となり、漠然とした焦燥感に襲われるようなことは無い。なぜならその行為は主体的に決めたものだからだ。
人間、受動的に決めてしまったことに関してはなんだか上手くいっていないような、もっといい道があったような気がしてしまう。
しかし能動的―つまり、自ら進んで決めたのであればその行為を肯定する傾向にある。
子供の時、お母さんに買ってもらった服はなんだか気に入らなかったけれど、自分で買った服は(それがあまりセンスの良い服でなかったとしても)、気に入って使っていた。そんな記憶はありませんか?
・僕も最近は、小さいながらも毎日目的を設定している。本を読み進めるとか、文章を書くとか、大学の図書館で勉強するとか。小さいから達成しやすいし、達成できるから翌日もやろうという気になる。この文章も今、図書館で書いています。
・報復性夜更かしがやめられない。2時,3時になるまでまんじりともせず、毎日朝が辛い。睡眠薬を飲んだこともあるけど、あまり上手くいかなかった。(僕の場合は効きすぎた。)
そういうわけで10年くらいこいつと付き合ってきたわけだけれど、最近はちょっとだけ早く寝ることができている。目的のおかげだと思う。
・The small step,will change your life.
通っているジムの階段にプリントされている言葉で、良いフレーズだと思う。
小さな目的の設定のために、公園に通ってみる。そういう手段もあって良いんじゃないか。