・人間誰しも、他者と比べて感受性の高い感情があると思う。
・悲しみを強く感じる人がいる。深い悲しみはその人を傷つけてしまうかもしれないけれど、彼/彼女は誰よりも「悲しい人に共感できる人」になるだろう。それが偶然、アートの才能のある人であれば、歌や絵となって人々を慰めることになる。
・怒りを強く感じる人がいる。溢れ出る怒りは彼の周りから人を離れさせるかもしれないけれど、その怒りが原動力となって彼は大きな成功を収めるかもしれない。
・正義感の強い人がいる。責任や能力の伴わない正義感は、得てして私刑や過度な報復を招いてしまうから、非常に危険な感情だ。
けれど、責任や能力を伴った人に正義感の強さが渡ったのであれば、悪政を諌め、新しい時代を作ることに繋がる。
・感情は我々を振り回すことが多いし、我々の方もたびたびそれに付き合わされてしまう。しかし、人それぞれが持つ「強い感情」は、大きな物事を成し遂げるための鍵になるということを忘れてはいけないと考えている。
・僕はといえば、責任感が強いと思う。自分はこのような立場だからこのような行動をすべきだ、とか。このようなことを言ったからには、〜の結果を出さなければ、というように物事を「べき論」で考える癖がある。
良い方向に働けば、物事に対してとても誠実だと思うし、結果が出るまで取り組むことが出来る。
しかし悪い方向に働けば、他人への悪感情に繋がったり、ひどい自責に苛まれたりする。(そういうわけで、何度も病んできたのです。)
・しかし自分が強く感じる感情の正体がわかったのであれば、出来るだけ利用する環境を整備すべきだし、そうすることで得られるリターンは漠然とした目標よりも十分大きそうに思える。
例えば、僕のような「責任感が強い」タイプで言うなら
「自分の立場では〜をすべきだから、多少しんどくてもこれはやれるはずだ」
「自分の立場では〜はやらなくていいはずだ。求められるかもしれないが、それは自分の知ったことでは無い。」
のように、自他境界を明瞭に引くことが心の平穏に繋がると考える。
・精神の安定は、なにも「ラクをする」「休む」ことによってのみ得られるものでは無い。
心が辛くなってきた時こそ、「なにをすべきか」「なにはやらなくていいか」を明確にし、前者を全力で遂行し、後者をしっかりと"手放す"ことが大事だと思う。