2750日越しに伏線回収をした。

ふとした拍子に思い出した、昔の話。

①思い出のはじまり

・調べてみたら、7年前のことらしい。僕がクソガキだった頃で、まだ年号は平成で、テレビには羽生結弦の笑顔が連日映っている。ポケモンはUSMが最新作で、大谷翔平のことを知る人は少なくて、「コロナ」と言えばモンハンの片手剣だった。

記憶はあるけど実感はない、それくらいには昔のこと。


・当時の僕は遊戯王にハマっていて、部活のない休日を迎える度に学校の友達と公認大会(KONAMIが認定した店舗で開催される大会のこと。参加人数は8-32人くらい)に参加していた。
今ほどCS文化が盛んではない頃だったし、その割に人口は多かったから、いつも大会は賑わっていた。

 

②禁止カードルール
・さて、遊戯王には「禁止カード」なるものがある。名前は聞いたことがあるかもしれない。名前の通り、ゲーム中で使うことの出来ないカードだ。パワーや汎用性に優れる…優れすぎているカード群が指定されることが多い。


・しかし、遊戯王も歴史あるカードゲーム。かつて最強とされていたカードも、時代のインフレの波に飲まれ凡百のものとなり、瓦に伍することが珍しくない。
そういうわけで、禁止カードが禁止を解除され、ゲームで使用できるようになることが稀に起こる。
逆に、新たに登場したパワーカードを禁止、或いはデッキに入れられる枚数に制約を設ける必要もある。


・そこで遊戯王では、3ヶ月に1回「リミットレギュレーション」なるものが公開される。3ヶ月に1回、「使用不可能/枚数制限付きで使用可能なカード」が発表されるのだ。

 

③同族感染ウィルス
・ここまで長々話してきたが、ここからが本題となる。このリミットレギュレーションの公表は「適用の前の月の15日」に行われる。つまり、レギュレーションが出たとしても「その月」には適用されないのだ。


・もう薄々察しがついた人もいるだろう。つまりそういうことだ。僕は「2018/1/1より使用可能なカード」を「2017年の12月」に使ってしまったのだ。

 

・そのカードの名前は、同族感染ウィルス。2006年に禁止カードに指定され、11年と7ヶ月もの間使うことが出来なかった強力なカード。世間ではこの禁止解除に大盛り上がりで、僕もその例に漏れなかった。なんとかこいつを使ってやろうと息巻いた。当時の環境はこのカードの刺さりが悪くなかった。僕はサイドデッキにウィルスを忍ばせて大会に向かった。


・サイドデッキについても一応説明しておこう。遊戯王は原則として、常にBO3で行われる。
そしてその二戦目/三戦目においては、メインのデッキに採用していないカード(いわゆるメタカード)を予備デッキから組み込むことが出来る。
メインに採用するには汎用性に欠けるが、一度決まってしまえばゲームを終わらせられるようなカード。
それらはこの"サイドデッキ"に登用されがちである。この駆け引きが遊戯王の面白さを引き出している。

 

④「やったわ、コレ。」

・結果から言って、僕はその大会で優勝した。決勝はかなりアツい試合だった。エキストラデュエル(ポケモンでいうTODのようなもの)に発展して、僕はトップで引いた究極伝導恐獣を叩きつけて勝利をもぎ取った。その日の大会は割と大きい店舗だったこともあって、人数が多かった。優勝経験に乏しかった僕はそれはもう大いに喜んだ。とても嬉しかった。

・優勝者には専用のパックが複数贈られたり、ポイントが多く付与されたりする…まあつまり、豪華景品がついてくるわけだ。

僕がウキウキでそれを開封する横で、店舗のスタッフさんがデッキレシピのツイートのためにデッキを並べ始めた。

 

・「あっ、あー…」
およそその場に似つかわしくない声に、僕は思わず振り返った。スタッフさんは苦い顔をしていた。彼は同族感染ウィルスを手に持ったまま唸っていた。
僕は嬉々として語った。
「〜に刺さるんですよ!禁止解除されたからには使ってやろうと思って…」
そこで違和感に気づく。このシチュエーション、賞賛や感想、同意などの声は上がるだろうけれども、こんな気まずそうな声を出すだろうか…?言いようのない不安が積もっていく。

 

・答えは決勝の相手のお兄さんの口から漏れた。「それって1月からだから…今はダメじゃない…?」
あっ。脳よりも先に声帯が震えた。そうして理解した。やったわ、コレ。

 

 

 

・そこからはもうびっくりするぐらい謝り倒した。完全に忘れていた。ここに来てようやく気づいたことからわかるように、一度も試合に出してはいなかった。とはいえ、何度かサイドデッキから登用していた。たまたま引かなかっただけなのである。


・僕はウィルスを引くことを勝ち筋としてプレイしたこともあった。その結果勝ちに繋がったシーンも、あったかもしれない。否定できない。
焦りに焦った。今から思うと「まあ公認だし…」くらいの気持ちも、まあないではないのだが、当時の僕からするととんでもない大失態だった。


・お兄さんは「いやいやそんな気にしないで…」って感じだったし、スタッフさんも「勝敗に影響してないですから」といって慰めてくれた。しかしまあ、確実に違反である。剣舞→ビルドが一年経っても騒がれるポケモン界隈をご存知の皆様なら、これがどれほどの重罪かは理解いただけるだろう。
僕はもう謝ることも出来ず、固まっていた。スタッフさんも「どうしよう」とたまに呟く以外、じっと机の上を見つめて動かなかった。ポイントは付与されてしまった。パックも開けきってしまった。参加者も帰ってしまった。利用客がこちらに視線を向けているのがわかる。どうしたらいいんだ。

 

⑤不器用すぎる優しさ

・空気を変えたのは対戦相手のお兄さんだった。声は不自然に上ずっていた。明らかに自然な声のかけ方ではなかった。
「いや〜それにしても!」
「あそこの△△のプレイって××意識ですか?」
「僕は割と○○をしちゃうんですけど〜」

 

・そんなわけなかった。△△のプレイは当たり前のプレイで、○○に関しては選択の余地がなかった。なんなら裁定の問題で、できなかった気さえする。つまりこの声掛けは、場の空気を変えるための露骨な気遣いだった。

僕はクソガキではあったけれど、それがわからないほど人に触れていなかったわけではないし、それを無視できるほど自罰的な人間でもなかった。


・僕は△△について恐る恐る話し始める。すると、店舗のスタッフさんも乗っかってきた。サイドデッキの15枚は裏返して畳まれた。まるで最初からそこになかったかのようだった。

そして、会話の内容は対戦のことに移っていった。
スタッフさんもお兄さんも、(そして当然僕も)いわゆる"アキバオタク"の雰囲気を漂わせていた。だから例に漏れず、こういう時の話し方はよそよそしい。会話が途切れることを恐れているのがひしひしと伝わってくる。なんとかウィルスの話題にならないように。気を使ってくれている。僕も必死に、話題に乗っかった。

お兄さんは合間合間にデッキをしまって、自然と帰る流れを作っていた。僕もそれに倣って帰宅の準備を進めた。


・一度、静まった時があった。お兄さんはちょっと俯いてから、気にしないでねほんと、と声をかけてくれた。スタッフさんも大きく頷いた。それでようやく、許されたような気がした。

 

・「じゃあ帰ろっかな!お疲れ様でした!」
声の主はお兄さんで、またしても上擦った声だった。彼は尋常でなく不器用だった。スタッフさんも、お疲れ様でしたと、不自然な調子で返した。彼も不器用だった。そして僕も、ありがとうございました!とまた、すこぶる変な調子で返した。みんな足早に離れていった。
僕はなんだか、申し訳ないような嬉しいような、ありがたいような、それでいてやっぱり申し訳ないような気持ちを抱えて電車に乗り込んだ。

 

⑥そのあと

・それ以降スタッフさんともお兄さんとも再開することは一度もなかった。本当にたまたま、部活や勉強が忙しくなってカードをあまりしなくなった。そうして僕は遊戯王をするりと引退してしまった。(結局5年後にまた再開するわけだけど。)

 

・これで終わりの話。別にオチがあるわけでもなく、お兄さんと再会したとかでもない。僕はこの事件の後、しばらくは申し訳ない気持ちを抱えていたけれど、今の今まで忘れてしまうくらいには重く受け止めていなかった。

 

・けれど、今になって思い返してみるとなんて素敵な記憶だろう、と感じる。初対面の人の不器用な優しさというものは、滅多に触れることのないものだろう。不器用でもいい。なにかのためになるかなんて考えなくてもいい。ただ相手のためを思って接するという「姿勢」だけでも、誰かの心に深く響き得るのだ。
一期にして一会、彼らの優しさは僕らの関係を作ることはなかったけれど、確かに僕の人生の糧になっていると思う。

 

・感情というものは、ある時突然"しっくり"くるようになるものだと思う。あの時に感じた感情はそういう理屈だったのか。このような気持ちだったのか。

 

⑦急に"しっくり"きた話

・少し前に、道端で荷物を落としてしまったご老人がいた。荷物は散らばっていて、腰が悪いのか、拾い集めるのに苦労されていた。見たからには、ということで拾い集めるのを手伝った。近くに車があるとのことで、そこまでお手伝いしましょうかと打診すると、申し訳ないような/それでいて嬉しそうな声で受け入れてくださった。車まで荷物を運んで、そこでお別れした。あの時のおばあさんの表情―申し訳なさそうな、それでいて少し嬉しそうなそれ―は、もしかするとあの時の電車に乗り込んだ僕と同じ顔だったかもしれない。

 

⑧蓋棺事定
・日々、嫌なことはそりゃあ起きる。生きることはしんどいことと隣り合わせで、負の感情なしに過ごすのは不可能だ。
しかし、けれど。人生とは、伏線回収の連続なのかもしれない、とも思う。今までに撒いてきた無数の無意識の伏線は、どのように回収されるのか…なんて考えると、生きるのがちょっとばかり楽しくなってくる。

 

・好きな四字熟語に、「蓋棺事定」というものがある。人の真価は、棺の蓋が閉まる時に決まるというものである。僕は自分の最期をまだ予想できないけれど、回収された伏線が多いほど、より満足した気分で蓋を閉じれるだろうな、とは思う。
そろそろ夏が来る。七月は、どのような伏線回収が待っているだろうか。楽しみだ。